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最高裁判所第二小法廷 平成10年(行ツ)53号 判決 1998年7月17日

茨城県下館市大字稲野辺五九四番地

上告人

板谷喜郎

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 伊佐山建志

右当事者間の東京高等裁判所平成八年(行ケ)第四七号審決取消請求事件について、同裁判所が平成九年一一月一一日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 福田博)

(平成一〇年(行ツ)第五三号 上告人 板谷喜郎)

上告人の上告理由

原判決には、次のとおり判決に影響を及ぼすことが明らかな重要事項について、理由が付されておらず或は理由に不備があり、民事訴訟法第三九五条一項六号に該当することが明らかなので上告いたします。

一 事例その一 原判決は、判決書二三頁二~四行において、「先願明細書の実施例一のフコイダンは分離精製されたフコイダンであると認めるのが相当である。」と認定しているが、実応例一のフコイダンと記載されたものが、本願発明のフコイダンと同一のフコイダンであると認定判断するに必要な理由が付されていない。

「先願発明は、ワカメの胞子葉から抽出したフコイダン様多糖を有効成分として含有することを特徴とする皮膚外用剤であり、そのフコイダン様多糖は、分離精製の有無に関わらず効果を発揮し得るものであり、・・・」(判決書八頁一三~一六行)とする原告主張が、取消事由のひとつとして記載されているのであるから、先願明細書の実施例一にフコイダンと記載されたものが本願発明のフコイダンに相当するならば、原判決はその理由を付す必要がある。

先願明細書の実施例一のフコイダンと記載されたものが、フコイダン様多糖と称されているものであれば、この多糖は後述するように、フコイダンとは異なる物質であるから、先願明細書の実施例一にはフコイダンが記載されていないことになり、判決の結論は逆転することになる。

先願明細書(甲第三号証)にフコイダンと記載されているものが、フコイダン様多糖であって本願発明のフコイダンと異なる物質である理由については、原告準備書面(第四回)の次に示す項目において詳しく説明し、証拠として甲第一一号証を提出した。

Ⅱ ワカメの胞子葉由来の粘質物について(八頁~一一頁末)

証拠 甲第一一号証及び同翻訳書面

Ⅲ 甲第三号証のフコイダンについて(一二頁~一三頁末)

Ⅳ 甲第三号証の技術内容について(一四頁~一五頁七行)

先願明細書(甲第三号証)の記載内容が、本事件にまで進展した経緯については、原告が準備した口頭弁論要旨に平易且つ簡略に説明してあるので次に掲げて参考に供し、ついで更に詳しい説明を加えたい。

(一)参考(原告口頭弁論要旨)

(イ)甲第三号証の技術内容と記載の誤り

本件が発生したそもそもの原因は、甲第三号証の発明者が、ワカメの胞子葉から抽出した硫酸多糖(フコイダン様多糖)を、フコイダンであると誤って認識し、明細書に記載した上で、

特許請求範囲 第一項 フコイダンを有効成分として含有することを特徴とする皮膚外用剤。

第二項 ワカメの胞子葉から抽出したフコイダンである特許請求範囲第1項記載の皮膚外用剤。なる発明を出願したことにあるのであります。ワカメの胞子葉由来の硫酸多糖は、フコガラクタンサルフェート及びアラビナンサルフェートから成り、前者は、ガラクトースとフコースを構成糖とし、主な構成糖はガラクトースである硫酸多糖であり、後者はアラビノースを唯一の構成糖とする硫酸多糖でありまして、本願発明の、フコースを主な構成糖とする硫酸多糖即ちフコイダンとは、全く異なる物質であり、フコイタン様多糖と称され、フコイダンと区別されている硫酸多糖なのであります。

更に甲第三号証の発明者は、当該発明のフコイダンについて、明細書中に「フコイダンは、かっ藻類に含まれる特異な硫酸多糖である。あまり多量に含まれていないが、特にワカメの胞子葉にかなりの量含まれている。その量は乾物一〇〇g中に一~二gである。」(甲第三号証一頁右下欄末二行~二頁左上欄一~二行)と記載し、当該発明の硫酸多糖は、ワカメの胞子葉由来のフコイダン様多糖及びその近縁の硫酸多糖であると主張しており、本願発明のフコイダンを指示していないことは明らかであります。何故ならば、.本願発明のフコイダンは、褐藻にはかなりの量が含まれているが、ワカメの胞子葉には全く含まれていない硫酸多糖だからであります。

甲第三号の明細書中の、「本発明のフコイダンは、フコイダンを含有するかっ藻類より水あるいは水溶性溶媒により抽出することにより得られる。」(同号証二頁左上欄三~五行)とする記載も又、甲第三号証の発明者の主張を明らかにするものであります。

当該発明の硫酸多糖は、フコイダン様多糖を含有するかっ藻類より、水あるいは水溶性溶媒により抽出することにより得られると、解釈すべき内容であり、このフコイダンを本願発明のフコイダンと解釈するのは誤りであります。かっ藻類にフコイダンが含まれているのは通常であり、わざわざフコイダンを含有するかっ藻類と、ことわる必要はありません。当該発明に必要なフコイダン様多糖を含有するかっ藻類は極限られているのでそのような表現を取ったと解釈するのが自然であります。

以上述べたように、甲第三号証の明細書に、フコイダンと記載されたものは、フコイダンではなく、フコイダン様多糖を示しており、当該発明は、フコイダン様多糖を含有効成分とする皮膚外用剤の発明であることが明らかであり、当該発明者は、フコイダン(フコースを主な構成糖とする硫酸多糖)に関しては何の主張もしていないことは明らかであります。

(ロ)特許異議申立人の誤り

公告された本願発明の明細書と、甲第三号証の明細書を対比した申立人は、十分な文献調査を怠り、甲第三号証の記載内容をそのまま受け取つて、「甲第三号証の外用剤は、ワカメの胞子葉から抽出したフコイダンを含有効成分とするものであるが、フコイダンはワカメの胞子葉以外の褐藻からも抽出でき、云々」と主張し、ワカメの胞子葉由来のフコイダンは、本願発明の褐藻由来のフコイダンと同一の物質であるから、皮膚外用剤と本願化粧料は同一の作用効果を示すことは明らかであり、甲第三号証の発明と本願発明は同一の発明であるとする意味の異議申立を行いまして、ワカメの胞子葉由来の硫酸多糖と本願発明のフコイダンとの同一性の判断を誤ったのであります。

(ハ)審決の誤り

異議申立を受けた審決は、申立に理由があるか否か、即ち、ワカメの胞子葉から抽出したフコイダンと称されている硫酸多糖と、本願発明のフコイダンとが、同一の物質であるか否かを判断すべき処を、いかなる理由によるか不明でありますが、審決理由書の中で審決独自の判断を次のように主張しております。

「一方先願明細書に記載のフコイダンは、かっ藻類より水あるいは水溶性溶媒により抽出することにより得られるものであるが、これは『フコイダンのみを抽出したもの』と、『フコイダンとアルギン酸ナトリウムの混合物』の両者を含むものであり、(甲第四号証の記載内容)も考慮すると、フコイダンと記載されている物は、『フコイダンのみを抽出した物』、つまり高純度のフコイダンと解される。』(審決理由六頁一〇~二〇行)

前にも述べたように、甲第三号証の明細書にフコイダンと記載されたものは、フコイダンではなく、フコイダン様多糖を示しており、当該発明はフコイダン様多糖を含有効成分とする皮膚外用剤の発明であることが明らかであり、当該発明者は、フコイダン(フコースを主な構成糖とする硫酸多糖)に関しては何の主張もしていないことも明らかでありますから、「甲第三号証の明細書にフコイダンと記載されているものは、フコイダンのみを抽出したもの、つまり高純度のフコイダンと解される。」とする審決の判断は、甲第三号証の技術内容の認定を明らかに誤ったことになるのであります。

(ニ)結論

甲第三号証の発明は、フコイダンに関する発明ではなく、ワカメの胞子葉由来或はその近縁の硫酸多糖即ち、フコイダン様多糖に関する発明でありまして、当該発明者が、フコイダン様多糖をフコイダンであると誤認して明細書に記載したにすぎないのであります。当該明細書中に、フコースを主な構成糖とするフコイダンに関する記載事項は、全くありません。

異議申立人と審決は、甲第三号証の明細書の記載をそのまま受け取り、当該発明がフコイダンに関する発明であると誤って判断したのであります。

しかし、異議申立人の誤りは、ワカメの胞子葉由来の多糖が、本願発明の褐藻由来のフコイダンと同一物質であると、新断した誤りであり、審決の誤りは、甲第三号証の発明が、フコイダンを含有効成分とする皮膚外用剤の発明であると判断した技術内容の認定の誤りでありまして、誤認の内容に違いがあります。

いずれに致しましても、このような誤りは、フコイダンに関する基礎的な知識不足と、文献調査の不備による初歩的なミスと言わざるを得ません。同一性の認定に当たっては、相違点無きをもって同一とする、慎重さが必要ではないでしょうか。

以下省略

前掲の参考資料によって、甲第三号証にフコイダンと記載されたものは、本願発明のフコイダンを示しておらず、ワカメの胞子葉由来或はその近縁の硫酸多糖即ち、フコイダン様多糖を意味していることが理解されるが、原告準備書面(第四回)の関係項目を引用しながら更に詳しい説明を加えたい。

(二) 甲第三号証にフコイダンと記載されたものがフコイダ様多糖と判断される理由

本来、フコイダン(以前はフコイジンと称されていた)に関する発明の明細書には、フコイダンが、フコースの硫酸エステル或は主な構成糖がフコースである硫酸多糖を示すことを、化学式等を用いて説明し定義付けされているのが通例である。(甲第四号証、乙第三号及び四号証)

甲第三号証の明細書には、フコイダンの定義付けとして、フコイダンは、かっ藻類に含まれる硫酸多糖であること、あまり多量には含まれていないが、ワカメの胞子葉にかなりの量が含まれていること、本発明のフコイダンはフコイダンを含有するかっ藻類から抽出することにより得られること、が記載され、同号証にフコイダンと記載されたものが、ワカメの胞子葉由来或はその近縁の硫酸多糖であることが明確に示されており、主な構成糖がフコースである硫酸多糖については、一言も触れていない。

同号証の主張するフコイダンを含有するかっ藻類(類は本来不要である。物質はかっ藻に含まれているのであって、かっ藻類という分類名に含まれているのではない。)とは、ワカメ属或はチガイソ属の胞子葉(藻体とは別個の生殖器官、胞子嚢とも称され、Sporophyllの訳)を意味し含まれている硫酸多糖は、構成糖がフコース、ガラクトース、アラビノース、等から成り、フコースが主な構成糖ではなく、通常フコイダン様多糖と称されているものである。

通常のかっ藻にフコイダン様多糖が含有されている例は稀であるが、ワカメ属、チガイソ属の藻体(通常食用に供される部分、葉状体とも称され、Thallusの訳)には、フコースを主な構成糖とするフコイダンが含有されているので、混乱を招いたものと推察される。

以上述べた理由で、甲第三号証にフコイダンと記載されたものは、本願発明のフコイダンとは異なる物質であり、通常フコイダン様多糖(Fucoidan Analogue)と称されている硫酸多糖を示すと判断するのが妥当である。(原告準備書面第四回 Ⅲ項 甲第三号証のフコイダン 一二頁~一三頁末)参照。

(三) 甲第一一号証 ワカメ胞子葉由来の硫酸多糖について

一九七一年Igarashi等によって、「南部ワカメ胞子葉由来の粘質物について」と題された報文が発表されているので、これに基づき、ワカメ胞子葉由来の硫酸多糖について説明したい。南部ワカメ胞子葉から硫酸多糖を単離するまでの手順は次のとおりである。

凍結乾燥したワカメの胞子葉粉末に前処理を施してから水を溶媒として室温で四~五時間抽出する操作を四回繰り返し、減圧濃縮後エタノールで沈殿・乾燥させて、粘質物(M)を得た。このものは硫酸多糖とアルギン分および不純物から成る。

粘質物(M)を希薄な炭酸ナトリウムで溶解、遠心分離した上清液に塩酸を加えてPH 1.5とし生ずるゲル状沈殿物(アルギン分)を除去した上清液を中和後、塩化カルシウムを加えて残ったアルギン分を更に除去して上清液をを得る。

この上清液にCPC(セチルピリジニウムクロライド、硫酸多糖の分画沈殿剤)を加え、CPC-comp1ex(CPC-複合体、CPC-C)を凝固させ、凝固部分と非凝固部分に分ける。

凝固部分は塩化カルシウムで溶解・濾過・透析後ユタノールで沈殿させる。(CPC-Cと称す)非凝固部分は濃縮透析後エタノールで沈殿させる。(CPC-noncomplex、CPC-Nと称す)

CPC-C及びCPC-NをDEAE-カラムクロマトグラフィー処理して吸着させた多糖を、H2O、0.05M 0.1M及び飽和の硼酸ナトリウム溶液、及び0.05MのNaOH溶液て連続的に溶出させ、溶出液を中和透析後エタノールで沈殿、エタノールとエーテルで洗浄乾燥させ、CPC-C及びCPC-Nから夫々五個のフラクションを得た。(甲第一一号証翻訳書面六頁 第三表参照)

各フラクションを超遠心分析にかけ、単一の組成を有するフラクションとして、CPC-C-NaOH、及びCPC-N-NaOHを得た。

これらの区分(フラクシヨン)は、低い左旋性(-34.0~-35.0、フコイダンは-140前後)を示し、ガラクトース、フコース、硫酸根から構成され、ガラクトースが優位を占めている。

等モルの糖と硫酸根から構成されていることが示唆されるから、フコガラクタンサルフェートであると言える。

CPC-N-0.1モル及び飽和硼酸ナトリウム溶液溶出区分は、アラビノースと硫酸根のみから構成されており、アラビナンサルフェートであることを示している。

(原告準備書面第四回 Ⅱ項 ワカメの胞子葉由来の粘質物について(八頁~一一頁末)及び甲第一一号証及び同翻訳書面 参照)

前記文献(甲第一一号証)の記載事項から、ワカメの胞子葉に含まれている硫酸多糖は、フコガラクタンサルフェート、アラビナンサルフェートであって、本願発明のフコイダン(フコースを主な構成糖とする硫酸多糖)は、含まれていないことが明らかである。

(四) 甲第三号証の技術内容と本願発明との対比

甲第三号証の発明は、ワカメの胞子葉から抽出したフコイダン様多糖を有効成分として含有することを特徴とする皮膚外用剤であり、そのフコイダン様多糖は、分離精製の有無に関わらず効果を発揮し得るものであり、曳糸性(粘性)も不要であることは、当該明細書の記載内容から明らかである。

然し、同号証の発明者が、フコイダン様多糖をフコイダンと明細書に記載したので、異議申立人が誤認し、はては審決までが認定を誤る結果となった事情は、前述したとおりである。

原告(原判決の)は、異議答弁書は勿論、原告準備書面第一回から毎回のように、同号証の発明は、ワカメの胞子葉から抽出したフコイダン(と記載されたもの)を有効成分として含有する皮膚外用剤であることを主張し続けて来たが、被告の反応は皆無であった。やむを得ず原告は、原告第四回準備書面において、証拠を提出し、甲第三号証の技術内容を硫酸多糖を含めて明らかにしたのである。

甲第三号証の明細書に、フコイダン抽出物と記載されたものは、甲第一一号証の粘質物(M)に相当するものと推定される。このものが、実施例二及び三に使用されており、実施例二では単独で室温溶解しているが、実施例三では、ジプロピレングリコールその他と混合で80℃に加熱溶解されている。

この例からすると、硫酸多糖は、単独で溶解すれば室温溶解が可能だが、他の物質と混合溶解するには高温に加熱する必要があつた判断される。

フコイダンと記載されたものは、実施例一及び実施例四で、いずれもクエン酸・ブチレングリコール・ジプロピレングリコール等と混合溶解しており、加熱温度は実施例四では80℃と記載されている。実施例一には加熱温度が記載されていないため問題となったのであるが、実施例四では80℃の加熱を必要としたものが実施例一では70℃以下で溶解したと判断するのは無理であり、実施例四と同様な条件で溶解したと判断される。溶解困難だから加熱溶解したのであって、必要もないのに高温に加熱することはないと考えるのが技術常識である。

原告が、本願発明の曳糸性フコイダンを使用して、実施例一のB処方に準じて溶解実験を行った結果が(原告準備書面第四回 一七頁末六行~末行)に記載されている。B処方では、室温ではフコイダンが溶解せず、フコイダンを溶解させるには、60℃に加熱して約一時間、70℃に加熱して約四十分を要し、曳糸性は消失していた。

甲第三号証の明細書にフコイダンと記載されたものも、同様な傾向にあったことは、前述した理由で推察できる。ただし、この物質がフコガラクタンサルフェート若しくはアラビナンサルフェートの場合は、精製過程において、すでに曳糸性は消失しており、いずれにしても実施例一のスキンローションに曳糸性も粘性もないことは明らかである。

甲第三号証の皮膚外用剤は、その効果を発揮するにあたり、曳糸性も粘性も必要としていないと、原告が主張したのは、これまで述べた理由によるものである。

ここで、本願発明化粧料の技術とその効果について、本願明細書の記載をもとに説明したい。発明者は、フコイダンの粘性に着目し、これを利用すべく種々検討した結果、フコイダンが、水や含水アルコールによく溶けて特有の粘性を示し、皮膚に塗布した場合滑らかで使用感に優れており、皮膚をしっとりとした滑らかな状態に保つこと、皮膚に対する有害な刺激が全くない事、油と良く混和すること、洗滌性が高く余分の皮脂を取ることなく汚れを良く落とす事を見いだしたので、これらの特性を生かしてフコイダンを配合した化粧料を発明したのである。(本願明細書2欄六~一四行)

これらの目的に合致するには、褐藻より分離精製された曳糸性のフコイダンが水に溶けた状態で基剤(有効成分)として配合されていなければならない。褐藻には、肌によくない刺激を与える物質が多量に含まれているから、本願化粧料の効果を発揮させるには、曳糸性(粘性)を温存しつつ十分精製することが必要とされ、これを配合した化粧料を製造する場合にも、すべて室温若しくは低い温度で溶解し、曳糸性(粘性)を損なわぬよう配慮している。

これらの条件が満たされたフコイダンを、少量のエタノールと共に精製水に溶解したものが、本願実施例一の化粧水であり、「使用時肌に良くなじみ」「心地よい滑らかな粘感と清涼感を与え」「すべすべした肌をつくる」効果を有している。(3欄末七行~4欄五行)

同条件を満たしたフコイダンを水に溶解し、スクアランと十分混和し、乳化分散させたのが、実施例二の油性ローションである。「使用時肌に良くなじみ」「滑らかでさらりとした使用感を与え」「使用後はしっとりとした滑らかな肌となり」洗髪後のトリートメントに使用すれば、「しっとりとして艶のあるきらりとした毛髪となる。」効果を示す。(4欄六~一七行)

前記条件を満たしたフコイダンを水に溶解し市販の中性クリームに加え、撹拌混和したのが実施例三のクリームである。「使用時独特の滑らかな使用感を与え」「使用後はしっとりとした滑らかな肌をつくる。」本品を多めに使用し、冷水または温水で洗顔すると、「余分な皮脂を取りすぎることなく肌にしみこんだ汚れを取り除き」「洗顔後は爽やかな清涼感を与え」「しつとりした滑らかな肌を作る。」効果がある。(四欄一八~三一行)

一方、甲第三号証の皮膚外用剤の技術内容とその効果を述べれば、次のごとくなる。

当該発明は、皮膚の水分保持機能を改善し亢進し、皮膚の機能を正常に保つことを特徴とする皮膚外用剤であり、従来の保湿剤の欠点を解決するための手段として、フコイダン(当該発明者のいうフコイダンであって、実際はフコイダン様多糖を意味するが、以後単にフコイダンと称することにする。)の保湿効果、皮膚の保護作用に着目した(一頁左欄及び右欄)と記載されているが、実際の技術は、従来の保湿剤とフコイダンとを同時に配合することに依り、従来の保湿剤の欠点を改善した外用剤であり、乙第五及び第六号証の化粧料と同様な発明である。

前者は、従来の保湿剤とプロテオーズペプトンを、後者は、多価アルコールと無機成分(カオリン等)とを同時に配合することに依り従来の保湿剤の欠点を解消している。

甲第三号証の実施例においても、実施例一ではブチレングリコールと、実施例二~四ではジプロピレングリコール(いずれも従来の保湿剤)と共に配合されており、実施例一の効果は、ブチレングリコールの欠点をフコイダンで改善した効果を示しているのであって、フコイダン自体の効果を表しているわけではない。

従って、本願化粧料の特徴である、心地よい滑らかな粘感、乳化作用、洗滌性、等の効果は全く記載されておらず、粘性も曳糸性も必要としないから高温で加熱しており、皮膚への有害な刺激に対する配慮の必要がないから、フコイダン抽出物のような多量の不純物を含むものも使用できるのである。

当該皮膚外用剤並びに実施例一のスキンローションにおける「肌荒れ改善効果」「肌の滑らかさ」「しっとり感」等の効果はすべて、従来の保湿剤の欠点を改善した効果を示すものである。

以上述べたことから、先願発明と本願発明は、本質的に異なる技術であり、有効成分である硫酸多糖もまた異なる物質であることが明らかである。

(五)まとめ

甲第三号証の明細書に、フコイダンと記載されたものは、フコイダンに対する定義付けに関する記載から、通常フコイダン様多糖と称されているワカメの胞子葉由来の硫酸多糖及び近縁の硫酸多糖を意味し、本願発明のフコイダン(フコースを主な構成糖とする硫酸多糖)を指示していないことが明らかである。

甲第一一号証の記載から、ワカメの胞子葉に含まれる硫酸多糖は、ガラクトースを主な構成糖とするフコガラクタンサルフェート及びフコースを全く含まないアラビナンサルフエートでありフコイダンは含まれていないことが明らかである。

先願発明と本願発明は、本質的に異なる技術であり、有効成分である硫酸多糖もまた異なる物質である。

以上の理由により、甲第三号証の明細書の実施例一にフコイダンと記載されたものは、本願発明のフコイダンではなく、フコイダン様多糖と称される異なる物質であることが明らかである。従って、先願明細書の実施例一のフコイダンは、(分離精製された)フコイダンであると認めるのが相当であるとする原判決の認定には、実施例一のフコイダンと記載されたものが、本願発明のフコイダンであると認定する理由が付されていないと判断される。

二 事例その二 原判決は、判決書二五頁末四行~二六頁三行において、「先願明細書の実施例一のスキンローションが有する「肌荒れ改善効果」、「肌の滑らかさ」、「しっとり感」という効果は、本願発明の化粧料が有する上記効果と同じであることは明らかである。そして、先願明細書の実施例一のスキンローションの上記効果はフコイダンを含有することによるものであるから、先願明細書には、本願発明と同程度の曳糸性を有するフコイダンが示されているものと認めるのが相当である。」と認定しているが、実施例一のフコイダンと記載されたものが、本願発明のフコイダンであると認定した理由が付されておらず、また、本願発明と同程度の曳糸性を有すると認定した理由として、先願明細書の実施例一のスキンローションと本願発明の化粧料とが、同一の効果を示すことをあげているが、その理由に不備がある。

さらに、判決書二七頁末二行~二八頁三行において、「先願明細書の実施例一のスキンローションは、前記のとおり、「肌荒れ改善効果」、「肌の滑らかさ」、「しっとり感」という効果を有するものであるから、フコイダンの曳糸性ないし粘性が消失する程度に加熱溶解されたものと認めることはできず、原告の上記主張は採用できない。」と認定した理由として、フコイダンは加熱温度が70℃以下であれば解重合せず、粘性を保持することができるものと認められることをあげているが、その理由に不備がある。

先願明細書記載のフコイダンを、本願発明のフコイダンと認定した理由が付されていない事に関しては、事例その一において説明した理由と全く同様である。したがって、原判決の曳糸性に対する認定理由について説明したい。

(一)先願明細書のスキンローションと本願発明化粧料の効果の司一性

原判決は、本願発明の化粧料と先願発明の実施例一のスキンロョンとの作用・効果を併記して、その効果の同一性を判断している。(判決書二四頁九行~二五頁一四行)

本願明細書の化粧料の効果

(イ)「本品は・・・使用時肌に良くなじみ、心地よい滑らかな粘感と清涼感を与え、皮膚呼吸を妨げることなく、肌に適度の水分を与えすべすべした肌を作る。」(4欄二~五行)

(ロ)「本品は・・・使用する時は肌に良く馴染み、伸びが良く滑らかで、しかもさらりとした使用感を与え、使用後はしっとりとした滑らかな肌となる。」(4欄一三~一六行)

『洗髪後のトリートメントに使用すれば、艶のあるさらりとした髪となる。」

(4欄一六~一七行)

(ハ)「本品は・・・使用時に独特の滑らかな使用感を与え、使用後はしつとりとした滑らかな肌を作る。」(4欄二五~二七行)

『本品をやや多めに使用し、冷水又は温水で洗滌する時は、余分の皮脂を取り過ぎることなく、肌にしみ込んだ汚れを取り除き、洗顔後は爽やかな清涼感を覚え、しっとりとした滑らかな肌を作る。』(4欄二八~三一行)

(ニ)「本願発明によって成るフコイダンを配合した化粧料は、他の天然粘質物あるいは合成高分子物質を配合した化粧料には見られない、独特の使用感を与えるばかりでなく、肌に対する有害な刺激が全くない、安全でしかも優れた効果を有する化粧料である。」(4欄三三~~三七行)ここで『 』の効果は、判決書では省略された効果を補足したもの。

先願明細書皮膚外用剤の効果

(ホ)「本願発明の皮膚外用剤は、保湿効果に優れる。・・・湿度の高い低いに関係なく皮膚を柔軟に保ち、感触が優れている。さらに、紫外線、風、低湿度、洗剤などにさらされた皮膚に対して、皮膚を保護し正常に保つ働きがある。」(二頁右上蘭二~七行)

(ヘ)フコイダンを用いた実施例一のローション及び比較例(実施例一のローションよりフコイダンを除いたローション)について乾燥肌の改善効果及び官能効果を調べた結果、フコイダンの有無により官能効果である「肌荒れ改善効果」、「肌の滑らかさ」、「しっとり感」に大きな差があることが記載されている。

原判決の認定

「先願明細書の実施例一のスキンロレションが有する「肌荒れ改善効果」、「肌の滑らかさ」「しっとり感」という効果は、本願発明の化粧料が有する上記効果と同じものであることは明らかである。そして、先願明細書の実施例一のスキンローショの上記効果はフコイダンを含有することによるものであるから、先願明細書には、本願発明と同程度の曳糸性を有するフコイダンが示されているものと認めるのが相当である。」(判決書二五頁一七行~二六頁三行)

本願発明の化粧料の効果(イ)は実施例一の化粧水の効果であり、曳糸性のフコイダンと少量のエタノールと共に精製水に溶解したもので、曳糸性のフコイダン水溶液の示す効果である。

(ロ)は本願実施例二の油性ローションに関するものであり、曳糸性フコイダンの乳化作用と皮膚及び毛髪化粧料としての効果である。

(ハ)は本願実施例三のクリームに関するもので、曳糸性フコイダンの、高い洗滌性を示しており、洗顔・スキンケア両用クリームの効果である。

これらの効果・作用は、本願化粧料の特質である曳糸性フコイダンに由来するものである。

一方先願発明のスキンローシヨンの効果は、従来の保湿剤とフコイダン(と記載されたもの)とを同時に配合することにより、保湿剤の欠点が改善された効果であって、フコイダン自体の効果ではなく、本願発明の曳糸性フコイダンに由来する効果は全く示されていない。

従って先願発明のスキンローションの効果は、本願発明の化粧料の効果と同じではないことが明らかであり、原判決の「先願明細書には、本願発明と同程度の曳糸性を有するフコイダンが示されているものと認めるのが相当である。」と認定した理由に不備があると判断される。

(二)先願明細書実施例一のスキンローシヨンの加熱と曳糸性の有無

原告主張(判決書に記載された)

(イ)先願明細書の実施例四例中三例は、フコイダンを含む溶液を80℃の高温に加熱溶解している。

(ロ)フコイダン溶液を80℃に加熱すると曳糸性は数分で消滅する。

(ハ)実施例一のB処方は、フコイダンを含む溶液を加熱溶解している。加熱と記載されていれば80℃前後の温度で溶解したと考えるのが技術常識である。

(ニ)先願明細書には、フコイダンの粘性が消失しない安全温度で溶解されたことを裏付ける記載はないから、実施例一のスキンローションに含有されているフコイダンが曳糸性を有しているものと認める証拠はない。(二六頁四~一五行)

原判決の認定

(ホ)「フコイダンを含有する実施例一のB成分を加熱処理することが記載されているが、この加熱温度及び時間については明示されていない。」(二六頁末二行~二七頁一行)

(ヘ)「これらの(甲第四及び第五号証の記載事項、二七頁二~一五行)記載によれば、フコイダンは加熱すると粘性が低下するが、加熱温度が70℃以下であれば、フコイダンは解重合せず粘性を保持することができるものと認められる。」(二七頁末六~末三行)

(ト)「ところで、先願明細書の実施例一のスキンローションは、前記のとおり、「肌荒れ改善効果」、「肌のなめらかさ」、「しっとり感」という効果を有するのであるから、フコイダンの曳糸性ないし粘性が消失する程度に加熱溶解されたものと認めることはできず、原告の上記主張は採用できない。」(二七頁末二行~二八頁三行)

原告主張(判決書に記載されていない)

(チ)「更に、実施例一のB区分は、クエン酸、クエン酸ナトリウム、ブチレングリコール等と共にフコイダンを加熱溶解しており、フコイダンの曳糸性は消失している事が、実験的に確かめられた。フコイダンを上記物質と共に室温で溶解しようと試みたが、数時間しても溶解せず60℃で約一時間、70℃で約四十分、撹拌し続けて初めて溶解し、曳糸性は消失していた。」(原告準備書面(四回)一七頁末六行~末行)

前項(一の(四)甲第三号証の技術内容と本願発明との対比)で詳しく述べたように、先願発明の皮膚外用剤は、従来の保湿剤とフコイダン(先願明細書に記載の)を同時に配合することにより、従来の保湿剤の欠点を改善したものであり、従って実施例一ではブチレングリコールと、実施例二、三、及び四では、ジプロピレングリコールと共に配合されている。

フコイダン抽出物が単独で溶解されている実施例二では室温で溶解しているが、ブチレングリコール及びその他の成分と共に溶解している実施例一、三、及び四では、80℃に加熱溶解しており、たまたま実施例一に加熱温度が記載されていなかったにすぎない。

原告が実験によって確かめたように、フコイダンやフコイダン抽出物を、保湿剤・クエン酸等の物質と混合溶解するには、高温で溶解する必要があり、その結果フコイダンの曳糸性は消失することが明らかとなった。

(三)まとめ

これまで述べた理由により、先願明細書の実施例一のスキンローショシの効果は、フコイダン(と記載されたもの)と従来の保湿剤を同時に配合することにより保湿剤の欠点が改善された効果であって、本願発明化粧料のフコイダンの曳糸性に由来する効果は全く示されていない。

さらに、先願明細書の実施例一のスキンローションは、フコイダンを含むB成分が、溶解目的上の必要性から高温度で溶解され、曳糸性は消滅していることが明らかである。

従って、原判決の「先願明細書には、本願発明と同程度の曳糸性を有するフコイダンが示されているものと認めるのが相当出ある。」とする認定及び「フコイダンの曳糸性ないし粘性が消失する程度に加熱溶解されたものと認めることはできず、原告の上記主張は採用できない。」とする認定は、その理由に不備があると料断される。

三 事例その三 原判決は、判決書一八頁二~四行において、「したがって、本願発明と先願発明とは、フコイダンの含有量が1%以下とされている化粧料である点で一致するとした審決の認定に誤りはないというべきである。」と認定しているが、(一)先願明細書にフコイダンと記載されたものが、本願発明のフコイダンであると認定した理由が付されておらず、また、(二)本願発明と先願発明とはフコイダンを含有する化粧料である点で一致すると認定した理由として、先願発明の皮膚外用剤が本願発明のフコイダンを含有し、且つ、本願発明の化粧料と同一の効果を有するスキンローションが実施例として示されていることをあげているが、その理由に不備があがある。

(一)先願明細書にフコイダンと記載されたものは、本願発明のフコースを主な構成糖とするフコイダンではなく、ワカメの胞子葉から抽出した硫酸多糖を示すものであるから、先願明細書にフコイダンと記載されたものを本願発明のフコイダンと認定するには、その理由を付す必要がある。

先願明細書にフコイダンと記載されたものが、本願発明のフコイダンと異なる物質である理由は、事例その一項で詳しく述べたとおりである。

(二)本願発明と先願発明とは、フコイダンを含有する化粧料である点で一致すると認定した理由として、本願発明化粧料と先願発明の皮膚外用剤とが、同一の有効成分(フコイダン)を含有し、且つ、同一の効果を有することをあげているが、事例その二項で詳しく述べたように、皮膚外用剤(スキンローション)の効果は、従来の保湿剤とワカメの胞子葉から抽出した硫酸多糖(フコガラクタンサルフェート等)を同時に配合することにより、従来の保湿剤の欠点を改善した効果であり、本願発明化粧料の曳糸性フコイダンに由来する効果は全く示されていない。

本願発明の化粧料は、褐藻より分離精製された曳糸性のフコイダン(フコースを主な構成糖とする硫酸多糖)を有効成分とし、曳糸性フコイダンに由来する優れた使用感(心地よい滑らかな粘感)、油の乳化分散作用、高い洗滌力を特徴とする有害な刺激の全くない安全でしかもすぐれた効果を有する化粧料であり、先願発明の皮膚外用剤(スキンローション)とは有効成分を異にし、目的及び効果を異にする化粧料である。

(三)まとめ

これまで述べた理由により、原判決の、「したがって、本願発明と先願発明とは、フコイダンの含有量が1%以下とされている化粧料である点で一致するとした審決の認定に誤りはないというべきである。」とする認定には、理由が付されておらず、また理由に不備があると判断される。

四 結論

事例一、二及び三に示した事項において、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな重要事項について理由が付されておらず或は理由に不備があると判断される。

以上の点より原判決は違法であり、破棄されるべきである。

以上

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